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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)8053号 判決 1997年1月24日

原告

原田亨

右訴訟代理人弁護士

丸橋茂

被告

日本圧着端子製造株式会社

右代表者代表取締役

西本美代子

吉村正雄

被告

吉村正雄

右被告両名訴訟代理人弁護士

角源三

主文

一  被告日本圧着端子製造株式会社は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成七年九月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告吉村正雄は、原告に対し、三〇万円及びこれに対する平成七年九月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告日本圧着端子製造株式会社との間においては、これを三分し、その一を被告日本圧着端子製造株式会社の負担とし、その余を原告の負担とし、原告と被告吉村正雄との間では、これを一〇分し、その一を被告吉村正雄の負担とし、その余を原告の負担とする。

五  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告日本圧着端子製造株式会社(以下「被告会社」という。)は、原告に対し、二七〇万円及びこれに対する平成七年九月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告吉村正雄(以下「被告吉村」という。)は、原告に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成七年九月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告吉村に対し、同被告が、原告が被告会社の機密書類を競合会社に持ち出した等の虚偽の発言をして原告の名誉を毀損したとして、不法行為に基づく慰謝料の支払を求めるとともに、被告会社に対し、未払の従業員賞与の支払を求めている事案である。

一  当事者間に争いのない事実及び証拠(<証拠略>)により明らかに認められる事実

1  原告は、平成六年七月二一日から被告会社の監査役を務めていたが、平成六年一二月一二日に監査役を退任して営業統括部長となり、平成七年三月一三日からは、被告会社の取締役営業統括部長の地位にあった者である。被告吉村は、被告会社の競合会社である日本エーエムピー株式会社(以下「日本エーエムピー」という。)の社長を務めていたが、同社から被告会社に移籍し、同年三月一三日に被告会社の代表取締役社長に就任した者である。両者とも同年六月三〇日の株主総会において役員に再任された。

2  被告会社は、原告に対し、平成五年度には、役員賞与として二五〇万円、従業員賞与として九一四万九〇〇〇円を支給した。同じく平成六年度には、役員賞与として二五〇万円、従業員賞与として四五七万一〇〇〇円を支給した。

被告会社は、原告に対し、平成七年度夏期従業員賞与として、平成七年七月一四日、三〇万円を支給した。

二  争点及び当事者双方の主張

1  争点1(被告吉村による原告の名誉毀損行為の成否)

(一) 原告(請求原因)

(1) 被告吉村は、平成七年七月一〇日に被告会社で開催された所長会議の席上で、書類を回覧しながら、「原告はこういう悪いことをしていた。私が日本エーエムピーの社長だったときに入手した書類だ。原告は、一時期被告会社でくさっていた時期に、こういう機密書類を日本エーエムピーの堀井(ママ)という人間に渡していた。私はこの週末に自宅に帰り、天井裏からこの書類を出して持ってきた。」「ほかにも原告が日本エーエムピーのある人に電話で情報を流しているところを録音したテープを持っている。」「私は日本エーエムピーにいたときから、原告が情報を流しているのを知っていた。私が日本エーエムピーから被告会社に来るのを一番恐れたのは原告だろう。」などと発言し、原告が日本エーエムピー株式会社(以下「日本エーエムピー」という。)に被告会社の機密書類を持ち出していたとの虚偽の事実を摘示して原告の名誉を毀損した。

(2) さらに、被告吉村は、被告会社の取引先にも右同様の事実を言って回り、原告が被告会社を裏切り、機密を漏らしたために追放されたとの誤解を与えた。

(二) 被告吉村(請求原因に対する認否及び抗弁)

(1) 被告吉村は、平成七年七月一〇日の所長会議において、被告吉村が日本エーエムピーの社長であった頃、原告から被告会社の機密書類を無償で入手した旨の報告を部下から受けたことがある旨発言したにすぎない。その際、北瀬課長に見せた以外は当該書類を回覧していないし、被告会社の取引先に同様の事実を言って回った事実もない。

また、所長会議は、関係取締役と各営業所所長のみが出席し、重要機密事項を討議する会議であって、出席者には機密厳守が求められ、現実にも機密は厳守されているから、被告吉村の発言には公然性がなく、名誉毀損行為に該当しない。

(2) 被告吉村の前記発言は、被告会社の情報が漏洩している可能性があることを知った同被告が、取締役の忠実義務に従い、被告会社の組織を防衛するために行ったものであり、社会的相当性を有する正当行為であり、何ら違法性がない。

(3) 被告吉村は、日本エーエムピーの社長であった平成六年一一月一四日、同社の谷川弘事業本部長(以下「谷川」という。)から、「日圧の大変な大物が日本エーエムピーの内部協力者になってくれることになった。取締役だったのが監査役に降ろされてくさっている原田という人物だ。大阪駐在の堀部長の話では、原田は、「日圧なんか頭にくるので蹴っとばしてすぐ辞めてやりたいが、娘の結婚式を控えておりそれまではどうしても日圧での肩書がほしいので仕方がない。しかし日本エーエムピーに全面的に協力してやる。日本エーエムピーが日圧から引き抜くのにちょうど良いエンジニア等も教えてやる。」と言っているそうだ。日圧の秘密書類もあがってきた。」旨の報告を受けた。

被告吉村は、谷川の役職、担当業務及び同人が当該資料を入手している事実等から見て、右報告を真実と信じ、前記発言を行ったものであるが、右発言は、被告会社の組織を維持するために行われたものであるから、専ら公益を図る目的と同視しうる目的が存在したのであり、その内容が真実であると証明されたときは違法性がなくなるのと同時に、被告吉村には、その内容が真実であると信ずるについて相当の理由があったというべきであるから、仮に本件発言によって原告の名誉が毀損されたとしても、被告吉村には少なくとも過失がない。

2  争点2(原告の平成七年度夏期従業員賞与の額)

(一) 原告

(1) 平成七年六月三〇日に原告が取締役に再任される直前頃、原告が被告吉村と役員賞与及び従業員賞与について話し合った際、被告吉村は、原告の役員賞与は五〇〇万円に増額され、従業員賞与も半期で三〇〇万円あるので、年収は少なくとも二〇〇〇万円以上になる旨述べ、原告はこれを了承した。さらに、当時の大久保取締役総務部長(以下「大久保」という。)も原告の従業員賞与が三〇〇万円であることを確認した。したがって、原告と被告会社との間では、原告の平成七年度夏期従業員賞与を三〇〇万円とする旨の合意が成立していた。

(2) 仮に右支払約束が認められないとしても、被告会社では、給与規定において具体的に賞与の支給要件が定められており、賞与は賃金の後払いとしての性格を有するから、その支給額を被告会社又は代表者が恣意的に定めることは許されず、他の従業員と同等の基準で算定されるべきであるところ、平成七年度の被告会社における賞与支給実績は、年間六ないし七か月分であったから、夏期で最低三か月分の従業員賞与が支給されるべきであった。そして、原告の当時の賃金月額は約一〇二万円であったから、原告の平成七年度夏期の従業員賞与は、少なくとも三〇〇万円を下回ることはない。

(3) 被告会社は、平成七年七月一四日、原告に対し、従業員賞与の一〇分の一である三〇万円を支払ったのみで、残額二七〇万円を支払わない。

(二) 被告会社

原告が主張する賞与に関する合意は存在しない。

原告の従業員賞与は、被告会社の給与規定第三七条一項「賞与は会社の営業成績に応じ、本人の勤務成績を考慮して支給する。」との規定に基づき算定した。すなわち、夏期賞与の算定対象となる期間は前年一一月一日から当年四月三〇日までであるところ、原告が取締役営業統括部長に就任したのが平成七年三月一三日であるため、約一ケ月半の勤務成績を考慮して三〇万円と算定したものである。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  当事者間に争いのない事実、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨を総合すれば、平成七年七月一〇日、被告会社会議室において、被告会社の代表取締役会長、被告吉村、関係取締役三名、全国九か所の営業所長及び北瀬忠雄営業統括部企画課長(以下「北瀬課長」という。)が出席して所長会議が開催されたこと、原告は、当時被告会社の経営方針を巡り被告吉村と対立し、同日辞表を提出していたこともあって、同会議に出席しなかったこと、右所長会議において、被告吉村は、社長室から資料(以下「本件資料」という。)を持ち出し、これを北瀬課長に示しながら、「私が日本エーエムピーの社長だったときに、原告から被告会社の機密書類を入手した旨の報告を部下から受けたことがある。これがその書類で、原告が被告会社の待遇に関してくさっていた時期に日本エーエムピーに協力してくれることになったとの話であった。このような状況であるから、原告は私が日本エーエムピーから来るのを非常に恐れていたであろう。」との趣旨の発言をした(以下「本件発言」という。)ことが認められる。

2  以上の事実によれば、被告吉村は、被告会社の取締役や営業所長ら合計一四名が出席している会議の席上で、原告が競合会社の内部協力者となり、被告会社の秘密書類を漏洩していたとの事実(以下「本件事実」という。)を摘示したのであるから、本件発言は原告の被告会社の取締役としての社会的評価を低下させるものであり、原告の名誉を毀損損するものであることを認めることができる(なお、これ以上に、被告吉村が被告会社の取引先にも本件事実を言って回った事実を認めるに足りる証拠はないから、この点に関する原告の主張は採用できない。)。

被告吉村は、本件発言には公然性がなく、名誉毀損に当たらない旨主張するが、たとえ会社の内部的な会議における発言であっても、本件発言は、被告会社取締役のほか、全国の営業所長を含む一四名の者が聴取しうる状況で発言されたものであり、被告吉村が発言に当たり他への口外を禁じた形跡も認められないことを考えあわせれば、本件発言が被告会社内に広く伝搬する可能性があったことを否定することはできないから、被告の主張は採用できない。

3  そこで、右被告吉村の行為が正当行為として違法性を阻却するか否かについて検討する。

(一) 会社の取締役は、会社に対して忠実義務及び善管注意義務を負うのであるから、会社の利益に重大な影響を及ぼす事実を知ったときには、これを遅滞なく会社に報告する義務があるというべきであることを考慮すると、取締役の発言が他人の名誉を毀損する場合であっても、右発言が会社の利益に重大な影響を及ぼす事実に関し、専ら会社の利益を図る目的に出たものである場合には、正当な行為として、違法性を阻却する場合があり得るというべきである。

(二) しかしながら、本件発言がされた状況について見ると、証拠(<証拠・人証略>)によれば、被告吉村は、当初所長会議において本件発言をする予定は全くなかったにもかかわらず、北瀬課長から、原告に辞表を出させた理由を問いただす発言があったため、議事の円滑な進行がはかれないことを危惧し、原告の過去の行状を明らかにすることによって北瀬課長の発言を封じようと考えて急遽本件発言に及んだものであることが認められ、その後被告会社において秘密の漏洩を前提とした対策等が講じられた形跡がないことをも考えあわせると、本件発言の主たる目的は、原告が被告会社にとって背信的な行為を行っていたことを示すことにより、原告の評価を低下させることにあったものと判断せざるを得ない(なお、<証拠略>(被告吉村作成の報告書)には、本件発言は被告会社の組織を守るために行ったものであるとの趣旨の記述があるが、被告吉村本人に照らし信用できない。)。

したがって、本件発言が、専ら被告会社の利益を図るために行われたものであるとは到底認められないから、正当行為であるとの主張は理由がない。

4  次に、被告吉村は、本件事実は真実であり、仮に真実でないとしても被告吉村には過失がなく、不法行為が成立しない旨主張するので、検討する。

(一) 他人の名誉を毀損する発言であっても、右発言が公共の利害に関する事実にかかり、専ら公益を図る目的で行われたものである場合に、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右発言には違法性がなく、仮に真実であることが証明されなくとも、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときは、右発言には故意又は過失がないと解される。

ところで、本件発言は、被告吉村が日本エーエムピーの社長であった頃に部下から聞いた話を伝える形でされたものであるが、かかる伝聞の形態による発言であっても、原告の名誉は本件事実そのものによって毀損されるのであるから、違法性が阻却されるためには、本件事実そのものの真実性が証明される必要があり、故意過失がないというためには、本件事実そのものを真実と信ずるについて相当の理由がなければならないと解すべきである。

(二) そこで、右見地から検討するに、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、日本エーエムピーの堀千秋家電事業本部統括部長(以下「堀」という。)が同社の大阪営業部長であった頃、同人と情報交換のため時折接触しており、その過程で二名程度の被告会社の技術者の名前を同人に教えたことがあった。

(2) 堀は、平成六年七月一二日、元被告会社の広島営業所長であった宮本晴人(以下「宮本」という。)と会い、被告会社の売上集計表、自動圧接機の設置台数調査表等の資料を受け取り、同年夏頃、これらを谷川に渡した。

(3) 谷川は、平成六年一一月一四日、日本エーエムピーの新製品会議終了後、当時同社の社長であった被告吉村に対し、「被告会社の大変な大物が内部協力者になってくれた。取締役だったのが監査役に降ろされてくさっている原田という人であり、大阪駐在の堀部長の話では、原田氏は、すぐ辞めたいが娘の結婚式まではどうしても被告会社の肩書がほしいので仕方がない、しかし、日本エーエムピーに全面的に協力してやる、引き抜くのにちょうど良いエンジニア等も教えてやる、と言っているそうだ。」「同社の機密書類もあがってきた。」旨の話をし、堀から受け取った前記資料を渡した。

(4) 平成七年一月下旬頃、被告吉村が堀に対し、原告が引き抜くのに適当な被告会社のエンジニアを教えてくれるという話はどうなったのか尋ねたところ、堀は、その話はだめになった旨答えた。

(三) 以上の事実によれば、確かに、原告は被告会社の技術者の名前を堀に教えたことがあり、また、平成六年一一月一四日の谷川の発言にも、原告が日本エーエムピーの内部協力者となった旨の内容が含まれているが、(人証略)及び原告本人によれば、競合会社の営業担当者同士が情報交換のため接触し、技術者の名前を教え合うようなことは日常的に行われていたことが認められるから、原告が技術者の名前を堀に教えていたことをもって原告が日本エーエムピーの内部協力者であったと断定することはできず、他に原告が同社の内部協力者となっていたことを窺わせる証拠は存在しない。

一方、本件資料が原告から入手されたものであるとの事実については、谷川の平成六年一一月一四日の発言でも明言されておらず、他に右事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって、前記のとおり、堀が宮本から被告会社の資料を入手しており、(人証略)は、宮本以外の者から被告会社の資料を入手したことはなく、本件資料の一部は右宮本から入手した資料と一致する旨明言していることに鑑みれば、若干の疑問は残るものの、本件資料は、宮本から日本エーエムピーに渡った可能性が高いというべきである。なお、谷川は、本訴提訴後被告吉村と電話で話した際、本件資料が原告から入手されたものであることを前提とするかのような口振りを示しており(<証拠略>)、また、平成七年二月当時、谷川が本件資料を「原田氏の資料」と呼んでいたことを窺わせる証拠(<証拠略>)も存在するが、谷川の右電話での発言は、基本的に被告吉村の一方的な発言に対し相槌を打っているものに過ぎないうえ、(人証略)によれば、平成七年二月当時、谷川自身本件資料が誰から入手されたものなのか正確には知らなかったことが認められることを考慮すると、これらの証拠によって、直ちに本件資料が原告から入手されたものであると推認することはできない。

したがって、本件事実が真実であると認めることはできない。

(四) 次に、被告吉村が本件事実を真実と信ずるにつき相当な理由があったか否かについて検討するに、前記認定の事実を前提とすると、被告吉村は、客観的な証拠もなく、専ら谷川の発言及び堀の態度から、本件事実を真実と信じていたことが認められるうえ、特に、本件資料の入手先については、谷川の発言もこれを明言していなかったにもかかわらず、被告吉村が安易に右資料が原告から入手されたものであると即断したものといわざるを得ないから、被告吉村には、本件事実を真実と信ずるにつき相当の理由があったとは認められない。さらに、前記のとおり、本件発言が、主として、原告の評価を低下させることを目的に行われたものであることをも考慮すると、被告吉村に過失がなかったとは、到底いえない。

5  以上のとおりであるから、被告吉村の本件発言は、不法行為を構成するというべきところ、本件発言が被告会社の内部会議において行われたものであって、本件事実が右会議の出席者以外の者に伝わった形跡が見られないこと、本件発言によって原告に何らかの具体的損害が発生したとは考えられないことその他一切の事情を総合すれば、原告の慰謝料は、三〇万円が相当である。

二  争点に2ついて

1  まず、原告は、平成七年六月三〇日に原告が取締役に再任される直前頃、原告と被告会社との間で、原告の平成七年度夏期従業員賞与を三〇〇万円とする旨の合意が成立した旨主張する。

そして、原告本人は、被告吉村が、原告の賞与として、役員分を含め二〇〇〇万円近い額を会長に話す旨発言したと供述する。しかしながら、仮に右事実が存在したとしても、直ちに原告と被告会社との間で原告の平成七年度夏期従業員賞与を三〇〇万円とする旨の合意が成立したとはいえないうえに、かえって、原告本人は、従業員賞与の額があらかじめ被告会社との間で合意されていた訳ではなく、三〇〇万円という額は、原告が退職後大久保武彦総務部長から聞いた内容及び従来の支給状況から算定した金額に過ぎない旨の供述もしていることを考えあわせると、原告の主張するような従業員賞与に関する合意が成立したことを認めることはできず、他に右合意の存在を認めるに足りる証拠は存在しない。

2  次に、原告は、仮に右支払約束が認められないとしても、従業員賞与の支給額を被告会社又は代表者が恣意的に定めることは許されず、他の従業員と同等の基準で算定されるべきであるところ、平成七年度の被告会社における従業員賞与支給実績は、年間六ないし七か月分であったから、半期で最低三か月分の従業員賞与が支給されるべきであり、原告の当時の賃金月額が約一〇二万円であったことを考慮すると、原告の平成七年度の夏期の従業員賞与は少なくとも三〇〇万円を下回ることはない旨主張する。

(一) 被告会社の給与規定(<証拠略>)によれば、被告会社における従業員賞与の具体的請求権は、被告会社において、その額を決定して初めて発生するものと解さざるを得ないが、被告会社の給与規定第三七条においては、賞与は会社の営業成績に応じ、従業員の勤務成績を考慮して支給するものとされ、賞与の支給時期及び支給対象期間も明記されているのであるから、被告会社においては、賞与を支給することが労働契約の内容となっていたというべきであり、賞与の額は、会社の営業成績及び当該従業員の勤務成績に応じた適正な査定に基く(ママ)金額であることを要すると解すべきである。

(二) 右見地から検討するに、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、被告会社は、原告の平成七年度夏期従業員賞与の額を三〇万円と決定したこと、原告の過去の従業員賞与の支給実績は、平成五年度が夏期四五七万一〇〇〇円、冬期四五七万八〇〇〇円、平成六年度が夏期のみで四五七万一〇〇〇円であったこと、平成七年度の一般従業員の賞与支給実績は、おおむね月額賃金の六ないし七か月分であったこと、原告の平成七年七月現在の従業員給与は六二万二四四〇円であり、役員報酬は四〇万円であったことが認められ、これらによれば、原告の平成七年度夏期従業員賞与の額は、同人の過去の支給実績及び一般従業員の同年度の支給実績に比較すると、不合理に低い金額であることは明らかであるところ、被告会社はその理由について、十分に合理的な主張立証をしていないから、右三〇万円が原告の平成七年度夏期従業員賞与として適正な金額であるとは認めがたい。

そして、原告の平成七年度夏期従業員賞与の適正な額を算定するに当たっては、他に拠って立つべき合理的基準も見あたらない本件においては、同年度の一般従業員の支給額を基準に控えめに見積もるのが相当であるところ、平成七年七月当時の原告の従業員給与は月額六二万二四四〇円であったこと、平成七年度の一般従業員の賞与支給実績は、おおむね月額賃金の六ないし七か月分であったこと、原告が従業員として勤務したのは、平成六年一二月一二日からであるのに対し、夏期賞与の支給対象期間は一一月一日から翌年四月三〇日までであること(<証拠略>)、原告は平成七年度の役員賞与として五〇〇万円の支給を受けていること(<証拠略>)の各事情を総合すると、原告の平成七年度夏期従業員賞与の額は、原告の従業員給与の月額を三倍した額の約七割である一三〇万円が相当である。

したがって、被告会社は、原告に対し、平成七年度夏期従業員賞与として、既払いの三〇万円を控除した一〇〇万円の支払義務を負うというべきである。

三  結論

以上の次第で、原告の請求は、被告会社に対し一〇〇万円、被告吉村に対し三〇万円のそれぞれ支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 谷口安史)

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